5月12日

昨日は、母の6回目の命日でした

さすがに6年も経つと、泣くことはなくなりましたが、母が倒れて、看取った後の半年くらいは、毎日毎日泣いていました

4月3日未明に、母が倒れたと、同居している弟からメールがありました
母はその1年半前にも倒れた事があり、原因は心臓でした
最初の時は、弟が車で5分程の場所にある日赤へ、自分で連れていきました
病院に着くと、心臓が止まったそうですが、何とか一命をとりとめました
その後、看護師さんから、心臓が止まったことを知らされ、ビビってました
(私たちは教えなかった)
2ヶ月の入院後、無事退院

しかし、その1年半後、またもや心不全の症状が出て、救急車で前回とは違う病院に運ばれたのです

やはり心臓が止まり、蘇生して心臓は動くようになりましたが、酸素が脳に回らなくなったことによる「低酸素脳症」
解釈が正しいか分かりませんが「脳死」の状態になったのです

病院にかけつけた時の母は、I C U で人工呼吸器につながれ、意識も当然ありません
その時の私は、ただ泣くしかありませんでした
主治医からの説明では、極めて重篤な状態で、いつ心臓が止まってもおかしくないという事でした
母の状態を受け入れられない気持ちと、主治医も受け入れられなかった私は、ずーっと反発し続けていました

数日後、一人部屋に移されてからは、毎日、母に話しかけました
いつまで言えるか分からない「おかあさん」という言葉を、何度も何度も言いました
看護師さんからも「介護するっていう顔になってきたね」と言われたくらい、気持ちの切り替えも出来てきたと思います

毎日、家から温めたタオルを持って行き、母の顔や手足を拭きました
自転車だったので、時にはボーッとして転倒することも(笑)
1日2回の面会時間が決まっていたので、病院から祖父母のお墓へ直行して「じいちゃん、ばあちゃん、お願いじゃから、お母さんを助けて。連れて行かんで」とお願いしました

ある時、母の手を拭いていたら、母が僅かな力で私の手をキュッと握りました
最初は「気のせい?」と思いましたが、2度あったので、間違いありません
母は、私の事がわかってたんです

亡くなる2日前から肺炎を併発していたので高熱も出ていました
不思議な事がありました
亡くなる前日、母がかわいがっている、いとこのお姉ちゃんの夢枕に立ったそうです
母がお姉ちゃんに「熱い熱い」と言うのだそうです
お姉ちゃんは「お姉ちゃん、ごめん、何にもしてあげられん」(お姉ちゃんも、母をお姉ちゃんと呼んでいた)と答えたそうです

倒れてから40日後、母は旅立ちました
この期間は、私たちが母の死を受け入れられるように、と気持ちの準備期間を与えてくれたんじゃないかと思うのです

最後まで主治医に反発していた私は、後から兄に聞いたのですが、先生が「これだけ頑張っちゃた方はおらんです」(頑張った方はいない)と言われたそうです

最初に「一緒に頑張りましょう」と言ってくれた先生なのに、何で受け入れられなかったんだろう?(笑)


一度辞めた派遣先から、落ち着いたら戻っておいで、と言っていただいたお陰で、職場に復帰する事が出来ましたが、やはり家に帰ると毎日泣き明かしていました
いつだったか忘れましたが、まだ暑かった日の夜、泣きながら家に帰ってくると、左から
「もうええよ。泣かんでええよ」
という母の声が・・・
あまりにも毎日泣くものだから、母も安心していられなかったんでしょうね

ちなみに末っ子の弟は、寝ていたら「風邪引くよ」という母の声が聞こえたそうです
その声で目が覚めたら、自分は布団をはいでいたらしいです

ちなみに今年は、母の七回忌でしたが、GWは相方が不在だったため、法要は兄弟にお願いしました
その代わり、お墓参りに帰省したいと思っています

長い話にお付き合いいただき、ありがとうございました




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by shino0129 | 2016-05-13 09:27 | Comments(10)

Commented by tarohanaazuki at 2016-05-13 10:49
こうして当時を冷静に?思い出して書けるようになるまで6年かかったんだね。
その6年が長いか短いかはそれぞれだけど、お母さんはきっとホッとしてると思うよ。
いつまでもメソメソされてたらお母さんはいつまでも安心できないもの。
最後をきちんと看取ってあげたらこうして思い出すことができるんだねえ!
私は喧嘩別れしたままだったから20年近く経ってもまだ心の整理ができてないんだよ。
こんなの悲しいよね。
Commented by pinochiko at 2016-05-13 13:59
shinoさん、本当に精いっぱいお母様を看取りましたね。
こんなに愛されたお母様、とても幸せだと思います。
人はみんな死んでいくけど、ここまで幸せに死んでいける人はそう多くはない気がします。
もう泣かなくなってお母様も嬉しいんじゃないかな?
猫との生活を天国から笑って見てらっしゃいますね、きっと。
Commented by tasukeai-maki at 2016-05-14 01:50
私は父をなくしてすぐに自分自身が病気で胸から下が麻痺して寝たきりになり、
父の死を悲しむどころではなくて、、、運良く杖で歩けるくらいまで回復した頃
ようやく父の死を悲しむ余裕が出来たのか、泣くことが出来ました。その後も
自分の病気、母の病気、自分の病気、母の病気、、、とお互いが入院を繰り返し
母が脳梗塞とくも膜下でそれぞれ死の縁をさ迷っていた間はもう生きた心地では
ありませんでした。幸運にも、2回とも何とか生還しましたが、もし亡くなって
いたら、きっと私も泣き暮らしたと思います。6年かかろうとも、今はこうして
ブログに書けるまでになられて良かったですね。とても大変だったんだろうなと
思います!これからは、お空で見守って下さっているお母様に安心して頂ける様
お元気で過ごされます様に、毎日を笑顔で過ごされます様に(*^^*)
Commented by shino0129 at 2016-05-14 09:14
☆tarohanaazukiさん
ばあばさんおはようございます!
コメント下さりありがとうございます。
まだ6年しか経っていないのに、もう6年経ったんだって
過ぎてみれば早いですね。
私は母のそばにいることしかできなかったのですが、亡くなった後は、母がどれだけ頑張ってくれたかを知ってほしくて
ご近所さんと会うたびにずーっと母の話をしていました。
迷惑な話ですよね(笑)
ばあばさんも、喧嘩別れが永遠の別れになるとは思わなかったでしょうから・・・
何年経っても気持ちの整理ができなくて当然だと思います。
でも、そんなばあばさんの気持ちは、お母様も分かってらっしゃるのではないでしょうか。
だって母娘ですもの。
後悔のない別れって、ないんじゃないかなと思うんです・・・
Commented by shino0129 at 2016-05-14 09:23
☆pinochikoさん
おはようございます!
コメント下さり、ありがとうございます。
まだ悲しみが深いpinochikoさんにお聞かせできる話では
なかったと思いますが、いつか後悔の気持ちから感謝の気持ちに変わる日が訪れることを願っています。
私は、棺が釜の中に入るとき「お母さんありがとう!大好きだよ!」って叫んでました。
自己満足でしかありませんが、母が「幸せな人生だった」と
思ってくれたら私も幸せです。
自分が死んだとき、こうやって看取ってくれる人がいるんだろうか?と、不安になりました(笑)
にゃんことの生活を知ったら、母は驚いたと同時に、きっとかわいがってくれるだろうなぁと思います♪
Commented by shino0129 at 2016-05-14 09:32
☆ころたんさん
おはようございます!
こめんと下さり、ありがとうございます。
ご自身のつらい体験をお話下さり、申し訳ありません・・・
こうやって回復されるまで、頑張ってこられたんですね!!
きっと、旦那様のお力も大きかったでしょうね。
お母様も、大変な病気に二度も打ち勝ってこられたのだから
お母様ところたんさんのことをお父様が守って下さっているに違いありません!!
ころたんさんも、日々の生活を無理せず送って下さいね!!                          
Commented by chobichobi729 at 2016-05-16 19:43
実母の死は受け入れ難いですよね。
私の母は東日本大震災の日に亡くなりました。
私も5年経ちます。
泣くことは少なくなりましたが、それでも遺骨や遺影の前で涙する事は未だにあります。
辛いshinoさんの気持ちはよく分かります。
でもお母さまもきっとshinoさんを見守ってて下さると思いますし、忘れないでいることを喜んでみえると思います。
Commented by shino0129 at 2016-05-17 20:46
☆ちょびんこさん
こんばんは!
ちょびんこさんも、哀しい思いをされたんですよね。
ブログで拝見させていただきました。
娘にとって母親って特別な存在ですよね。
ちょびんこさんも、きっと、お母様との別れが
こんなに早く訪れるとは思わなかったのでは?
気持ちの整理がつくまで、何年もかかると思いますが、私も母の事を思い出して泣くことは、ここ数年ありません。
その代わり(?)私が死ぬときに、誰か看取ってくれる人がいるんだろうか?と不安に思う事が多いです。
ちょびんこさんも、少しずつ、涙を流す日が減っていかれる事を願っております。
うまく言えなくてすみません・・・。
Commented by まみ at 2016-05-17 20:59 x
もう七回忌なんだね。
ブログ読んでたら、「帰ってるならはやく連絡くれたらよかつたのに」なんて言ってた自分を思い出して申し訳ない気持ち。ごめんね。そんで、帰ってくるの待ってるね!
Commented by shino0129 at 2016-05-18 00:08
☆まみさん
こんばんは!
そうだったっけ?(笑)
その節はお気遣いいただき、ありがとうございました。
哀しみは時間が解決してくれるよね。
あの頃は、今こうして振り返ることが出来るなんて想像出来なかったから。
体重も32㎏になったんだよ!
今じゃ中年太りだよ~(笑)
彼氏が昭ちゃんコロッケ食べたいらしい。
山口の名物はコロッケしかないって言ってるよ(笑)